ファッションの買い物難民?

■□□ 日戸 守 □□■

少子・高齢化の中買いたいのに買えない団塊の世代は

  「ファッションの買い物難民」?

 お気づきでしょうか、少子化と高齢化の波が一段と大きなうねりとなり、日常生活にいろんな角度からその影を落とし始めている事に・・。でも、頭では分かっていても、どこかまだ〝対岸の火事〟的な受け止めをしている人が大半なのではないでしょうか。

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少子化と高齢化の波

 この流れに関しては、国会や東京都議会でも、「自分が早く結婚したらいいじゃないか」とか、「産めないのか」と云った、到底〝選良〟たちの頭脳から発せられたようには思えない低次元で表現力にも乏しいヤジが飛び交ったお蔭で、コトの本質や重大性がネジ曲げられ、〝お笑い芸人のギャグ〟的レベルでしか一般紙やテレビでは報道されなかった悔いが残りました。本当はとても深刻な社会問題であり、政治と経済の問題だったにもかかわらず・・・。

 もっともこの波のうねりは、約10年前から顕在化し始め、わが国の人口は、年々確実に減り始めている、とても重要で深刻な社会問題なのです。このように本格化する社会の変化は随分前からからジワジワと起こっています。

国民意識の転換

 その変化がもたらせる現在、および近未来の世相を大別すれば、次のような三つのポイントに集約されるのではないでしょうか。

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すなわち、①将来的には国の存亡にもつながりかねない少子化現象、②一億〝総中流意識〟の横並び構造の崩壊③高齢化社会が恐ろしいほどのテンポで進んでいる事――です。買いたいのに買えない団塊の世代は「ファッションの買い物難民」?この中で、とりわけ繊維業界、ファッションアパレル消費市場に直結する影響度合いとして大きいのは②の項目でしょう。少し前なら7割を越える人たちが自らを「中流だ」と評価していたのですが、現在は逆に6割を越える人たちが「自分は中流でない」との答えが返ってくると思われますが、まさに国民意識の転換です。

ファッション ビジネスモデル

 別の言葉に置き換えれば、今までのような「数の頼みが問われる時代」なのです。  百貨店のファッション衣料売り場に例を取ってみますと、旧来の百貨店は新興の専門店に主役の座を取って代わられ、百貨店の存在理由が希薄にならざるを得ない状態です。これに伴い、ファッション ビジネスモデルと云いましょうか、いわゆるアパレルビジネス(商業)のあり方も根底から揺さぶられる形となります。何故ならば、これまでは確実に存在したマス市場、いわゆる「大衆」を対象に商品を売る形態がガラリとひっくり返り、グレードやライフスタイル別に細分化されたショップスペースを配置しながら小さな販売別区分別により複雑化され、異質化の方向へ変容しつつある状況だからです。

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 世間一般に言う〝買い物難民〟とは、若干ニュアンスが異なるのだが、ファッション衣料品売り場では、別の意味での〝買い物難民〟が増えていく現実ファッションの買い物難民?があるのです。つまり、戦後生まれの年代、いわゆる団塊の世代が衣料消費者層の中核となり、しかも当時は最大の百貨店予備軍とされていたこの世代は、ファッション感覚の面でも一挙に20年から30年の精神年齢の若返りを見せ、ニーズ(欲求)の発信をし始めた事で、百貨店の品揃えではもの足りないとして〝百貨店離れ〟に立ち位置を変えたのです。 

 その理由の一つには、これまでのMDの提案では、そのシニアの感性と売り場での商品のギャップの穴埋めが不可能となった点にありました。その上、急速に進むライフスタイル別の開発ニーズは、市場の細分化における新たなショップの発生を促したが、その原動力は、やはり団塊の世代だったのです。

「ここでしか買えない」とか「ほんの少し上級なもの」

 しかも本来ならば「自分に磨きをかける事」や「自分に消費」に重点が移る筈――すなわち、「ここでしか買えない」とか「ほんの少し上級なもの」を求めているのに、そうした欲求に応えてくれる売り場がないため、結局は買いたいのに買えない状態にある団ファッションの買い物難民?塊の世代層は、いうならば「ファッションの買い物難民」となっているのです。

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  こうした「ファッションの買い物難民」のこの巨大マーケットの取り込みは、「買い手」と「売り手」双方にとっての利益であり、是非とも本腰を入れるべき重要テーマなのです。固定客的なブランドの支持や買い物行動に関する彼らの思いは青春時代に培ったもので、これでなければならないと言う強い頑固さや意志も保持している一方で、妥協の出来る柔軟性も持ち併せている世代なのです。

 例えば現在の団塊の世代が求めているファッションアイテムの中に「靴」があります。現在の皮靴で云えば先の長い尖ったものが大半で、先の尖っていない丸いデザインのもの、いわゆる団塊の世代が履いた当時の匂いのするタッセルローファーやスリッポンは普通のお店では見かけません(僅かにインターネットでは入手可能?)。スリッポンは靴べらが無くても履く事の出来る着脱が楽な、履く人にとっては便利なものです。合皮製ものやスニーカーなども楽なのですがセンス的に問題が有り過ぎて、とてもオシャレに履ける靴とは云えません。この点では、いくら柔軟な感覚があると云っても、ここでの妥協はありません。言うならば「昔ながらの・・・」青春時代当時の匂いのするものを捜し求めているのです。

そうだ俺だってオシャレがしたいのだ

 この心理を分析すれば、団塊の世代の「ファッションの買い物難民」を、しっかり取り込めるのではないかと思われます。その場合のキーワードは、ターゲットの分析が問われる時代の中で「ちょっぴり青春時代のオシャレ」――ではないでしようか。またそのターゲットから「そうだ俺だってオシャレがしたいのだ」との声が聞こえて来そうではありませんか・・・。

 ちなみにヨーロッパでは高齢者がファッションの主役だそうですが、オシャレは老いを忘れさせるということでしょうか。

【ライター 日戸 守、 転載・初出:ニット・ファイル通信Vol.15,2015】