髙井ニット・・大和高田《会社訪問》

髙井ニット株式会社

当たり前なことをお座なりにせず

メーカーの特徴を活かす横編ニットメーカー

 〓 フリーライター 浅木武彦

〓手づくりものにこだわり

高井ニット

 髙井ニット㈱は、横編外衣のセーター、および、そのバリエーションでもあるブルゾン、コート風カーディガン、アームカバー、マフラー、毛糸のパンツ、腹巻、よだれ掛け、雑貨などの生産を柱とする、奈良県内でも屈指の実力派企業と評されている。その因のひとつが厳選した良質の素材使いに絞り込んでいる点や、例えばボタンも手づくりものを主体に採用。寝巻き用のボタンですら手づくりものにこだわり、変な妥協はしない。安ければいいと云うものは作らない。取引先アパレル企業から提案されるとそれを真剣にサンプルに仕上げる。しかし、採算に合わない場合は決して安請け合いをせずに、はっきりと断るケースもあったり、「こうした仕様と別の技法を応用すればイメージを損なわない仕上がりに出来ます」などの〝代案〟を逆提案する事もしばしば。安易な受注に走らない企業姿勢が結果的には、却って相手側の信頼を得、存在価値を高める事にもつながっているのだろう。

 横編機はすべて㈱島精機製作所製の新鋭機揃い。今年3月末にホールガーメント横編機「MACH2XS123 15L」の最新タイプを導入した事も含めて、島精機製作所の横編機で統一している。

多種多様な工程をこなせる多能工を育てる

高井ニット

 生産ラインの中心は自社工場であるが、協力工場を含め5ゲージからゲージ機を揃えている。協力工場は同社から至近距離にあり、柄出し・デザインデータのフロッピーを伝達する事により、オリジナル柄データの外部流出を避けると共に、リードタイムを短くしている。また、生産ラインの設置に関しては、「多能工を育てる事」を重視した点も、リードタイム短縮に貢献しているようだ。多品番で細かいロット生産要請に対応するには、一人の社員が例えば一枚裁ちのパーツ裁断を行い、それが済むと別の製品仕掛かりでオーバーロックミシン掛けを行うなど、多種多様な工程をこなせる多能工の働きが威力を発揮するのである。

新たなビジネスモデルにも積極的な取り組み

髙井準雄 社長

 髙井社長の経営信条は自主企画、自主生産、ブランド展開を目指し常にチャレンジする点にあるようで、企業風土的に〝ウマが合う〟5社で組織する「協同組合NS」を通じてオーガニックコットンの横編製品を専門店に販売している。これと並行し、年に1~2回、東京を中心に展示会に出展し、新規顧客の開拓にも努めている実例などは、まさにチャレンジ精神そのもの。つい先日の9月1日からは、ネット販売に乗り出した。「詳しい手法の説明は企業ノウハウだから勘弁して戴くとして、いづれにしても若い人材が育ってきたのでチャンス到来だ。前を向き良いものを提案していく。これから真のものづくりと新しい販売ルートが決め手となる」とネット販売に、かなりの軸足を置いていきたい考えだ。

種から育てて、「さくらコットン」を展開

 一方、これまたオリジナルものづくりのひとつ、「さくらコットン」のブランド展開は、大和高田市内と新庄地域が種から綿花を育て、手摘みし大正紡績で綿糸を引き、同社と林ニット、パドックの3社が製品化し、昨年から伊勢丹16店舗で販売している商品群。

 これに加えて、大和高田市民病院で新生児向けによだれ掛けを販売しているなど、同社は中小企業がコラボして原糸の段階からオリジナル商品を作り、消費者に直接販売すると云った取り組みで、本来、中小ニットメーカーが指向すべきモデルケースを果敢に実行。まるでお手本のような存在とも云えそうだ。

産地興隆への使命感も

 こうした同社の企業理念や企業風土はどんなプロセスを経て醸成されたのだろうか・・。

 大和高田市は古くから綿花作りが盛んな地域で大和絣の産地だった。昭和40年代までユニチカが近鉄大和高田駅近くで紡績工場を経営していたことでも知られ、繊維産業(特に織物の絣を中心とする)が主要産業だった。しかし、やがて久留米絣産地が自動化生産の波に翻弄される中、さしも隆盛を極めた大和絣も需要減少から衰退の一途へ。そこからの生き残り策として浮上したのが、丸編メリヤス産業で、大正元年頃に勃興し始めた。

 髙井ニットの歴史も、こうした産地の推移とほぼ軌を一にする。特に先代社長を中心に政治家・三木武夫氏とも親交があった髙井家は、いつの間にか地域でも知られる存在となり、「自社の繁栄も無論大事だが、併せて産地を興隆させねばならない」と云った一種の使命感から、先代は、かつて奈良県ニット協同組合理事長としても活躍。大阪市北区源蔵町に在った有名な公冠㈱も高井一族の経営であり、「グンゼの綿肌着と並び、毛肌着の公冠」と称されるほど昭和26年以降の末端流通市場に、そのブランドの浸透力を強めていったものだった。また大和高田市西坊城の㈱高田フジボウアパレルも、その前身は高井一族の経営だった。

高井ニット

 横編専業メーカーになったのは昭和42年から。当初は旧家であった本家の裏に工場を設け、半自動の横編機でスタート。企業精神は、その当時から既に「技術と品質をモットーに品格のあるものづくり」――を掲げており、ポロシャツでラルフローレンのブランドのライセンス生産をするなど技術レベルと研究熱心さが定評にすらなっていた。

ベテランと若手とが絶妙なチームプレイ

 4代目の現社長、髙井準雄氏は昭和22年5月10日生まれの68歳。立教大学卒業後住友金属に勤務するも7ケ月で退職。その理由は「大企業の〝歯車の一つ〟として働くよりも心を打ち込んで糸から製品に仕上げる横編こそ夢がある生涯をかける価値のある仕事」との想いが高まり、「子供の頃から編機の稼働音に親しんでおり、ニット作りの魅力に抗しきれなかった」と述懐する。先代の例に倣ってか、同社長も長らく奈良県ニット協同組合の横編部会委員長ポストに就き、若い世代の牽引車役として活躍した時期もあった。やはり、高井一族に脈々と受け継がれたDNAに、身も心も自然と反応してしまったと云うところか・・・。

高井ニット

 今後の経営路線に関して髙井社長は、「まだ入社4年目だが同じくニットものづくりに情熱を燃やしているようであり、生産工程の管理に新しい視点を採り入れたり、新規得意先開拓にも意欲を注いでいる長男の大介をさらに厳しく教育し、後継者に据えたい」との意向だ。67歳と57歳のベテラン社員が本社工場の生産ラインを包括的にマネージメントしているのを始めとし、26歳、22歳、21歳の若手有望男子社員や女性社員総勢12人が、世代のカベを感じさせる事なく、息の合ったチームプレイを展開する同社。取材を終えた筆者の目に、彼ら社員たちのイキイキとした姿が、とても印象的だった。

                

《髙井ニット株式会社》 ・・・(創業)1912年、(業種)横編ニット製造販売

社  長 髙井準雄氏 (社員) 12人

本社工場 奈良県大和高田市出31番地 設備 島精機横編機5~16ゲージ

【Web版再掲】(初出)ニット・ファイル通信 Vol.17 ,2015