トレンドの捉え方に新しい視点を

ヒントは「飾」で・・・「襟」か? 

      〓 フリーライター 岸本 尚子

マーケットは「私の欲しいもの」を求めている

 毎年、毎シーズン次から次へと、これが「トレンドだ」とばかりにお店に並ぶ商品は、よくよく見れば酷似のアイテムやデザインがほとんど。そうした流れや積み重ねが行き着く先と云えば、そのトレンド商品なるものの寿命(ライフサイクル)がどんどん短命になる結末でしょう。

 これは、もともと気まぐれで飽き易い消費者と、新しい商品をこれでもか・・と作る側や売る側の両者共せっかちと云う、国民性に負う点が大きいのかもしれません。

 そこに加えてインターネットの情報拡散により「流行」のスピードが加速し、その相乗効果とでも申しましょうか、折角のトレンド商品を短命に追いやってしまっているのではないでしょうか。

 本来、消費購買行動とは、自分にとって価値あるものにはお金を惜しまないものの、それ以外では心を制御するという購買意欲抑制のメカニズムと言うものでしょうか、それに基づくものですが、これは必ずしも、ここ数年続いたデフレ不況のせいだけではないでしょう。

 もはやファッション商品といえども、流行を創り出し、それを(自らの手で)陳腐化させ、また、次の新しいトレンドに消費者を乗せ、ファッション業界を成長させて来たと云う構図は完全に過去の姿。現在では、もうほとんど考えられませんし通用しません。

自分にとって価値あるものへの出費

 第一に若い女性たちでさえ、新しいファッションが中心ではなくなりつつあります。しかもファッションへの関心が高いティーンズ、ピュアヤング層が「古着やリメークもの」とか、「自分だけの一点もの」に高い関心がありましたが、これからは、ますます「自分にとって価値あるものへの出費」――との考え方に切り替わってきています。この現象は、今後の方向性を示唆しているのではないでしょうか。

 皆が皆、クイック対応で売れ筋商品の追跡に躍起となっているので、同じ商品が店頭に並べば、お決まりの価格競争が始まり、またその繰り返し。これは消耗戦に他ならないが、その弊害を誰しもが理解はしているのだけれども、競争が激しくなればなるほど独自性を出せ、と云う「建前論」とはウラハラに、環境が厳しくなるほ、他とは違う道を行くのが怖くなると云う、矛盾に満ちた変な心理が働きます。とは云え、いつまでも首をすくめてばかりはいられないのが現実です。時代は競争の真っ只中です。何を競争の武器にするかを考えなければ後は撤退を待つばかりです。

「先」が読みづらくなる

 また、ここにきてプロ顔負けの研ぎ澄まされたファッション感覚を持つ消費者の登場で「先」が読みづらくなっています。以前なら、プロのデザイナーであっても、「過去」と「現在」の流行マップや販売枚数データなどを突き合わせ、その延長線上に「未来」の流行像を予測し、型紙作りをすれば大きく方向を誤る事はなかったのですが、昨今はそうしたのんびりした〝創作活動〟から「未来」を読み取る事は、ほぼ不可能になっています。現在から未来を読むことはファッションでは重要なのですが、デザイナーがトレンドの流れを発信し、経済ロットに見合う枚数を備えた製品として市場に送り出した頃には、すでにそのファッションは過去のものなのです。

消費者〝思考〟=指向ではない=の流れの中から

 かつては「ボリーム」や「マス」、あるいは「大衆」と云う言葉に象徴される製品が主流を占め、それなりに〝商売〟として成り立っていましたが、昨今の情報化社会においては、「個」が見直されるようになり「大衆」は「少数」に、「ボリューム」は「小ロット」になり「個」の重視へのシフトのいき過ぎにより、同質化が進行して行ったようです。同質化を防ぐために、他を引き離すスピードがポイントになります。そこで流行の激しいファッション市場では、売れているものを見極めて追いかけるMDが不可欠ですが、これからの流れはアパレルメーカーやデザイナーが創り出すのではなく、一人ひとりの生活感覚や生き方を大切にする若い人たちの感じ方や考え方の中にファッションのアイディアが生まれてくる時代。この先のアイディアは、消費者〝思考〟=指向ではない=の流れの中から生まれてくるという事です。多少、皮肉を込めて言えば、アパレルメーカーやデザイナーの仕事は、その消費者の考え方を商品化するだけと云う考え方も成り立つでしょう。

 流行の主導権がアパレルメーカーから消費者の手に移り、ファッションやアパレルメーカーが創り出す商品そのものが訴えるのでは満足感は得られない時代です。それは「他と違うもの」とか、「私の欲しいもの」と云ったようにマーケットは多様化を求めています。同質化された、同ようなモノを造る制服的ものづくり姿勢からの脱却を図らなければならないのです。

トレンドはいつか飽きられる宿命

 これからは「トレンド」と云う名の〝威信〟だけでは、長く食べていくことは出来ません。さらに言えば、「トレンドはいつか飽きられる」宿命にあります。「トレンド」のピーク時期が過ぎても、その勢いを継続していけるかどうかは、「知恵」を手に入れるしかないでしょう。

 これまで続いてきた価格志向の、単に安いだけでは日本人の嗜好には合わないことが、ここに来てますます明らかになっています。輸入品では得られない価値観のある商品が評価されるようになって来ました。その意味、付加価値のある物づくりが、国内生産のポイントとなっています。その一つの知恵は「飾り」です。

 衣料品の付加価値を高めることは、総合的に商品レベルを引き上げるという事につながります。衣料品そのものの企画・物づくりと共に、どんな素材使いとするのか、目新しい裁断や縫製工程をどう求めるのか、後加工に新工夫は出来ないだろうか・・など、ものづくり上の新たな切り口のマーケットは「私の欲しいもの」を求めている着眼や設定が、とても重要な点です。そうした企画・生産の前後工程に着目し、日本製ならでわの物づくり態勢の徹底的な見直しが重要ポイントになります。

「現代メリヤス読本」より

「襟」に関する付加価値のもっていき方

 婦人物やレディースカジュアルものの場合で考えてみると、その知恵を発揮するべきで一つは、「襟」に関する付加価値のもっていき方です。もちろん紳士物のセーターでも考えなければなりません。

 婦人物や紳士物での「襟」のバリェーションには丸首、Vネック、Uネック、クルーネック、ボートネックなどがありますが、ここで言う襟とは婦人物で、それら見慣れた「襟」でなく、ステンカラー、ピーターパンカラー、ピューリタンカラー、セーラーカラーと云った最近のニット(セーターなど)では余り見かけなくなった「襟」です。それらをもう一度見つめなおし、「ハイブリット・ニット」としてニットの身頃に布帛の「襟」を付けるなど、またニットの身頃の共糸で編んだ「襟」などで変化づけを狙っては如何でしょうか?との提案です。少し手間が掛かりますが、その分、「襟」によって付加価値も高められ着る人の雰囲気が変わり、新鮮に映るのではないでしょうか。

「現代メリヤス読本」より

 このように考えると、まだまだ知恵を出す余地はいろいろあると思えます。例えば襟付きの製品に合う袖口です。リブ編(ゴム)のようなものではなく飾りカフスや刺繍のカウスが付くような袖口とか、また衿も付け外しが出来きるものでバリェーション豊富な単品で売れるものを考案しては・・・

生産・供給側は、襟を正して・・

 現代の〝賢い〟消費者は、「消費のエリート」から「感覚のエリート」になったと云っても良いくらい高い感性の持ち主になっています。ですから、生産・供給側としては、襟を正し、そうした彼ら、彼女らの「知恵」を存分に聞き出し、うまく活用する時期ではないでしょうか。

 トレンドの捉え方に忘れていた視点を思い出して観点を変えて考えるのも一つの方法かも知れません。

注)「襟」のイラストは センイ・ジヤァナル発行 「現代メリヤス読本」1968年

【Web版再掲】初出:ニット・ファイル通信 Vol16,2915.7 ( フリーライター 岸本 尚子)