随筆:メリヤスの予想 (めりやす読本1958)

【はじめにニット・ファイル通信編集部から】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

めりやす読本表紙

メリヤスの「夢物語」

センイ・ジヤァナル発行の「めりやす読本」(昭和33年(1958)5月発行)を読んでいると面白い記事が掲載されていた。〝随筆〟「メリヤスの予想」である。

筆者が覚えている時代は、小学校低学年の時は靴下に穴が開くと母が繕いをしてくれそれを当時は恥ずかしさもなく素直に履いて行った記憶がある。子供物で言うセーターの襟は丸首(クールネック)が大半で多かったがVネック、ボートネックと色々な新しい形のニットが次々と出来る時代でもあった。これもつけ足すと兄のお下がりが大半だったと思う。しかし今の時代はその昔に空想したものが実現していく時代、例えば自動運転が出来る自動車がこの時代に出来ていることである。しかしながらニット製品としてはどうだろうか?素材、色、形の組み合わせが定着して、今年の色は何色、素材は何が良い、形は何が売れるといったように頭を悩ませているがあまり進歩していない。進歩しているのは編機だけ?ここは一度、当たり前の世界から空想の世界に入ってみてはどうだろう。新しい何かが見つかるのではないだろうか。(2016.7編集部)

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■■□ 随筆「メリヤスの予想」著者:中原虎男(京都工芸繊維大学教授 1958)

センイ・ジヤァナル発行の「メリヤス読本」に「メリヤスの将来」という題で予想話の依頼された。ふと気がついて見れば他人事ではなかった。

私自身が予想屋を命じられていて書かなければならなかったのだ。入試問題の予想屋といえども、まさか算木筮竹(さんぎぜいち)で作り上げものではあるまい。過去何年かの問題をプロットして一つの線を作り、その線上に一点を求めて作り上げるに相違ない。予想の最も科学的なものは、気象通報天気予報である。

流行という、得体の知れぬ変幻自在なファクター

「明日は晴れ後曇り、ところによって時雨があるかも知れません」翌日になっても一向に時雨はない。メリヤスの予報もこの程度に考えて頂きたい。過去の何点かを取って線を引いてみても、直線になったり、抛物線(ほうぶつせん)になったり、いや時には突然急カーブに変化したりする。長期予想はおろか、正直なところ明日の予想さえつき兼ねるのである。もしメリヤスが保温衣料なというだけなら或いは予想も簡単であるが、下穿きから、肌着、上着、靴下、ショール迄になると、そこには流行という、得体の知れぬ変幻自在なファクターが入りこんで来る。所詮は概知数一つ、未知数二つの不完全二元方程式をとこうというものだ。大正十二年の震災を境として簡易洋装アッパパなるものが生まれ、家庭服となって急激に流行し風俗化したのである。洋装といい、洋裁といい一方に和服といい、和裁という言葉がむしろ不自然なのではないか、男女とも洋服といわれた服装が日本の服装であって、和服が特別扱いになり敢えていえばジョンパリの「キモノ」であるかも知れないのである

家庭ではセーターが日常着

私は現在毎週藤川洋裁学園に講義に行っている。この間、ふと商売意識を以って眺めていた四十名のクラスで「キモノ」が一人、織物の洋服が二人、あとの三十幾名が全部メリヤスのセーターである。うちの大学生も気をつけてみると上着を着ないでセーターだけの者が多い。学校でこれならば、家庭ではセーターが日常着になっているのではあるまいか。一体我々男の洋服というものも今日迄何世紀つづいたのであろう。襟を抜いて折返して、三つ四つ二つ釦をつけてある。なんのためにそうしなければならぬのか、まさかネクタイのために場所を提供したとも考えられぬ。そういう物が紳士服だという既成概念過ぎないと思う。そういう既成概念が、何かの原因で崩れてしまったならば、セーターでもジャンパーでも差支えないのである。

破りきれぬ既成概念

帽子にしたところで、何年かの習慣で真中に溝をつけて冠るソフト帽があたりまえのように思われていたのであるが、虚心坦懐に眺めたら、なんのことか判らなくなる。およそ珍妙な形のもではあるまいか。既成概念の延長線上に点を取り得るならば、予想は簡単な算数式になってしまう。紳士服も襟を広くしたり、狭くしたり、三つ釦を四つにしたり、二つにしたり、一つにしたりすればいいし、中折れ帽子も鍔やリボンを広くしたり狭くしたりすれば事足りる。色も茶かグレイときまれば、小刻みな振動進める。メリヤス業界においても同じことがいえる。

フェミニストに釦のかけはずしの仕事を

昭和七、八年頃であったろうか、内外編物社長の小林さん、会長の依田さんの発案で、現専務の坂田さんと私で曲がりなりにもゴム糸編込みの靴下を試作した。今思えば全く無謀な冷汗ものであるが、これが遂に靴下はガーターで吊るものという、既成概念を粉砕して、今日の靴下を生み出したのだ。今日男物靴下のガーターを探しことさえ困難になってしまった。女物セーターも前釦のもと思っていたのが、いつの間にやら後ろにまわってしまって、初めは女性が後向きに歩いて行くような錯覚を起こさせたが、それが既成概念を作り、フェミニストに釦のかけはずしの仕事を一つ与えてくれることになった。サルマタは紐が無ければならぬものという鉄則があったがぼちぼち崩れかけた。未だにワイシャツの袖口は折返すものとなっている。何のためか判らぬ、破りきれぬ既成概念があろうと思う。手なんてあまり長くない方がいい。いやこんなことをくだくだ書いていたら、いつまでも結論が出ない。

新繊維の出現による、急カーブの変転

おそらく短期予報の最たるものは新繊維の出現による、急カーブの変転であろう。ナイロンの出現によって婦人靴下界では絹が大幅に駆逐されたことは現実の問題であり、ウーリーナイロンによって男物靴下の大変化を招来したことも、今は既定事実である。綿靴下、毛靴下、絹靴下のロールバック一応短期様相の中に織り込んで置く必要もあるが、これとてもナイロンの牙城を急激に崩すとは思われぬ、矢継早にカネカロン、テビロン、テトロンと二の矢、三の矢が飛んで来ると、これも強敵であり、ひたひたとベンベルグ、アセテートが前進して来ると、このところ急に様相が変わってくるのではあるまいか。十数年前に市電がバスに代わると予言したことと、裏毛のシャツがなくなると予言したことは今以て実現しない。都会のオフィスは次々次第に暖房装置を設備して来るし、家庭もガス、電熱がふえて来るとメリヤスは薄物になる傾向がある。保温を生命にしているメリヤスも次第に着心地のいいお洒落用に変化してくるのではあるまいか。私の夢はやがて大都市全体一斉の冷暖房装置の中に入ることを考えている。ここに一定点を求めて夢想兵衛、夢物語をかいたら、どんなことになるか判らぬ。

明日のメリヤスは新原料の出現による、戦国時代

しかし読者はやはり長期予想にはなんらの興味を感じまいから止すが、明日のメリヤスは新原料の出現による、戦国時代の様相を呈して来ると思う、多岐亡羊、私は洞ケ峠をきめ込むよりほかわない。

ともかく、あらゆる新繊維を一応手掛けて、バスに乗り遅れぬことだけをお願いして置く。

【随筆初出】メリヤスの手帖 第6集「めりやす読本」センイ・ジヤァナル発行 1958.5)

【再掲、追記】ニット・ファイル通信 Vol.20, 2016.7

【Web版追記】Web版のあわせ編集部注記の位置、小見出しを再構成しています。2018.11