福島のニット、メリヤス産地 ’50s

「メリヤス業界展望」、メリヤスの手帳1960年版(センイ・ジヤァナル社発行)より

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バルキーの福島

 福島県横編メリヤス業界は保原町、梁川町を中心に福島市、二本松などの県北部と喜多方市を中心に会津地方で形成されている。業界の組織として、福島県横編メリヤス工業組合が、その翼下に二百三十余社を収めている。

 アウトサイダーは、約六十余で、平均二台程度を所有している。設備は昭和二九年で約800台であったものが、昭和三十四年には二千八百台と三・五倍近く増加している。

機種の大部分は大横機であるが丸編機も二十台設置され、地方売りの製品が生産されて

いる。年間生産額は三十四年度でみると、セーターで十万デカ=七億、肌着が四千五百デカ=一億四千万円、編手袋が二千三百デカ=四千四百万円、その他五千三百デカ=四千四百万円、それに輸出工賃がセーター関係で一億七千万円をはじめ、手袋、肌着を合わせて二億五千余万円程度入ってくる。三十五年度は生産が三割程度増産になっているので、年高約十三億~十四億と推定される。

 販路は都市向けで東京が八割、大阪を中心の関西へ二割の比率になっている。地場売りは県内、宮城が主力で約五億円程度。内地問屋は概して大手問屋との結びつきが強く、非常に安定した地盤を持っている。

福島市、保原、二本松町、桑折町(1950年代)

輸出の分野も多くの好評

 同県横編メリヤスの特徴は、「バルキーの福島」 といわれバルキーのメッカとして業界に名を馳せている。これは内地物のみでなく、輸出の分野も多くの好評をかち得ている。今秋の生産状況はラム、シロップシャー、モヘヤ、などを中心にした生産を取っているが、品種は依然としてバルキーが多いが細物機の導入、カガリ技術の進歩などが相重なって、細物の注文も、予想したより多く入ってきているのが注目され、バラエティに富んだセーターの産地として本格的な態勢が整いつつあるのが目新しい。このためバルキーの本格的シーズンに入るまでも、生産の切れ目なく順調な推移を示してきている。内地生産が好調であるのと平行して、輸出セーターの動きも完全に軌道に乗ってきており、素晴らしい発展を遂げている。この結果、春夏物の生産をストップせざるを得ないほどの状況で、端境期(はぎかいき)は無くなり、年間の稼働率は非常に高くなっているのが特徴である。 

米加市場で大好評

 昨年、カナダ、アメリカ向けに、約三万打(ダース)の輸出を行い、特に産地として力を入れているものは、カシミロンバルキーセーターで、米国市場で予想以上の好評を得ている。バイヤーが直接来福して、商談を進めるといった動きが出て、引き合いも大口化する傾向にある。カシミロンセーターは輸出のみでなく内地物でも福島製品の人気は高く、カシミロン系列メーカーの最右翼の地位を確保している合繊メーカーと、産地のタイアップの方式に、一つのモデルケースを投げ与えている。

福島県梁川地区

県も産地の多層化に支援

 同県業界のアウトラインは、株式会社山崎メリヤス、佐藤忠志商店、内野メリヤス工業、菅野繊維の大手四社がピラミッドの頂点として、下請工場の系列化を図っているという点が他産地に比して大きな特徴といえよう。しかしこの形態も漸次変化してきている。中小メーカーおよび地元売り専門メーカー輸出、内需製品の下請け生産を行いながらも、東京問屋の結びつきを進めており、設備と資本を充実させてきている。従前は大手四社にほとんど限られていた中央進出が、今後は中級クラスにそのチャンスが与えられたのは産地自体の厚みを増したことにほかならない。県当局もこの育成に力を入れ、産地の多層化に支援を与えている。このような動きから一部では将来は大手四社が輸出に専業し、他の中堅メーカーが内地を対象にした生産を進めることになるものと推測しており、産地作りに新しい問題を提起している良き事例といえよう。

 輸出については、各種の対策を講じているが、染色工場の充実が当面の課題となっている。現在、武藤、福島両染工場が中心に、二本松、菅野染工が加工面を受け持っているが、前者の二工場で月加工能力十万~十一万ポンドしかないことと、合繊の設備が弱小な点が陸路になっているので、いかにこれを解決していくかに苦慮している。特に合繊は輸出中心に考えている意向が強いだけに早急な対策が要望されている。旭化成では、カシミロン専用の染工場建設プランが日程にのぼっているので、これが具体化すれば今後大きな偉力を発揮することになろう。

福島県メリヤス技術共同職業訓練所発足

 ついで悩みの種は、カガリ、刺繍などの内職集団の確保が限界点に達したことである。

 同地は元来果実などの諸産業が多いために、これまでも人的確保が困難であったが上昇する生産規模に追いつかず、全くの飽和点に達してきている。この問題が打開できれば刺繍など手内職を必要とする製品はさらに大きく飛躍していくものと思われる、と同時に労働力の確保に伴い従業員の養成と中堅幹部の育成をかねて、福島県メリヤス技術共同職業訓練所 (野内メリヤス工業内) に、県の協力で発足させ、メリヤス機の調整工を目的に人材の養成に努力しているが、その成果が期待される。輸出検査のスピード化のために、現地出張検査を受けているが、さらに発展させて自家工場内に検査場を設けるとともに、日本メリヤス検査協会東北出張所の新設を強く要望するほど、輸出の条件を固めつつある。

 ともかく、同地は、産地の第二期時代に入ってきているのは否めず、この活路は輸出をテコにすることによって、進展を期している。

【出典】:「メリヤス業界展望」、メリヤスの手帳1960年版(センイ・ジヤァナル社発行)

【再掲】1950年代の各産地 山形編,ニット・ファイル通信Vol.8, 2013 ,ニット・ファイル社発行