埼玉県のニット・メリヤス産地 ’50s

1950年代のメリヤス産地は・・・?

メリヤス業界展望(1960年版メリヤスの手帳)をのぞいてみましょう。今回は埼玉県です。

編手袋最大の産地

 県内のメリヤス産業としては靴下、編手袋、経編生地があげられる。このうち、靴下、経編生地の場合は足袋、織物からの転向が旧来の業界分布図を大きく修正し、ここ二、三年間のうちにきわだった変貌を遂げている。すなわち行田地区の靴下転換と秩父地区の経編転換がそれであり規模、内容において県メリヤス業界は一躍、代表的産業としてクローズアップされるにいたっている。

埼玉県・行田市、羽生市

埼玉県・幸手町、加須市

 

■瞬く間に足袋から転換

【靴 下】

 現在、埼玉県靴下工業組合に参加している生産業者は百二十四社、設備台数千二百三十台に達している。かっては全国でも小規模な組合であったものが一躍、奈良、東京、兵庫、愛知、大阪に次いで第六位を占める大組合となった主要な原因は行田地区の足袋業者の転換が原因している。

足袋王国行田から靴下へ

 行田といえば徳川時代からの長い伝統と歴史を持つ全国最大の足袋産地であり、最盛期には七千五百万足と全国の足袋生産量の半数以上を占めていた。しかし服装文化の変遷とともに斜陽化し、三十三年には二千三百万足と減産し、足袋王国行田も他産業への転換に迫られるにいたった。その行田が靴下を選んだ理由はパイル靴下、足袋靴下の出現にある。従来、水と油の関係であった足袋と靴下がこの足袋靴下の登場によって溝が埋められた格好となり、その結果、足袋分野にこの足袋靴下が急速に浸透しはじめ、斜陽産業の足袋はますます窮地に追込まれた。三十二年以降、行田の足袋業者のほとんど全部がこの足袋靴下、パイル靴下を扱わざるをえなくなり、もっぱら県内および近県の靴下メーカーから仕入れる形をとり、行田で直接生産を行っていたのは萩野谷靴下、島松産業など二、三社に限られていた。いきおい買継商の立場に置かれていた行田業界に自家生産の声が起ったのはその後まもなくのことである。当時、全国靴下産業に生産過剰傾向が現われはじめ設備制限要求の声が高まってきた時期にぶっかったため、この行田の産地化の動きは賛否両論を生み、全国的な話題と注目を集めた。しかし大手業者を先頭に次々に靴下機械の新設を行ない現在では五百台前後の設備を持つにいたっている。

 生産の主力は足袋靴下、パイル靴下で日レ系列のニチレ会十四社が百六十台の設備を有しているのをはじめ、行田靴下親和会十七社八十七台、昭和靴下協組十社三十八台とグループ化され品質向上、販路拡張などの共同研究を行っている。その他、単独で生産に当っている業者も含めて生産業者は六十社。県靴下生産者の半数を占めているわけであり、その生産高は三十四年度は十五億円にのぼった。この他、直接生産を行わないが靴下の販売はやっている業者も含めて組織されている行田靴下協会には約八十社が参加している。

 行田地区の販路としては旧来からの足袋販路の他に東京、近県などにも漸次浸透しており、県内の靴下メーカーが、行田を販路にしている例と逆な現象をみせている。行田以外の靴下生産者は幸手をはじめ県内各地に点在しているが規模はさまざまで東京、行田を主力販路として発展している。三十四年度の県全体の靴下生産量は百三十五万打。

■注目の秩父産地

【経 編】

 東部経編工業組合加入の経編メーカーは埼玉繊維、羽生編織、和光編織、須能撚糸、秩父メリヤス、松本産業与野工場の六社でトリコット機四二台(うちカールマイヤー五台FNF四台、リバー二台)ラツシェル機八台(うちカールマイヤー三台) の設備を持っている。しかし経編産地の意味では三十五年に入って生産を開始した秩父地区の転換業界が注目されている。秩父は絹織物では最古の伝統を持つ産地として著名である。しかし三十三年織物業界の不況により打撃を受けた。小巾物の産地であっただけに影響は少なくなく、他産地同様、転換の道を選ぶ業者が続出し、経編への転換に踏みきった業者は十一社にのぼり、FNF十五台を最近導入して生産を開始している。この十一社のうち合同で工場新設を行なった業者もあり結局、トリコット工場としては八工場が秩父地区に生れた。そのうち七工場までが帝人のレーヨンハーフ生地の編立に従事し、帝人ダイヤフィルのチョップ産地として進んでいる。

技術的には水準以上

 いずれにせよまだ生産に乗り出して間もない地区だけに前途は洋々たるものがあるがすでにA反九割以上という技術的には水準以上に早くもこぎつけていることから二次製品へと駒を進めるべく準備中の業者もあり、その成行きいかんでは販路拡大という新たな問題が生まれてくる。この生地オンリーで行くか、二次製品まで発展させるかについては業者間でも意見が分かれており、秩父経編業界も一つの岐路に早くもぶつかっているといえるわけである。この秩父地区の他に本庄地区にも織物からの転換業者があるが現在のところではFNFを導入したのは二社にとどまっており、資金、販路などの面から当初予定されていた転換業者の多くは経編をあきらめ広巾物へと移行しっつあるのが現状のようだ。

■編手袋年産百万打

【横 編】

 埼玉県横編メリヤス工業組合に加入している業者は二百二軒にのぼっており、大横設備は六百六十台あるといわれながら、実際に外衣生産を行っている業者は数える程しかなく、特に大横専業者にいたっては数軒しかない。つまり多くの大横機は小横業者が保有していてそのほとんどが遊休機となっているわけである。この大横の実情に比べて、小横磯の場合は大いに活発で二千六百二十台の設備で年間百万打の編手袋を生産している。この編手袋はすべて高義、井上商店、酒井メリヤスなどの輸出物の下請であり、業者の規模は全般的に小さく二、三社を除けば仕上げも親会社まかせの家内工業が主体をなしている。なおこの他、加須には高義加須工場があるが、規模、内容において県内編手袋業者とは比較にはならないものをもっている。

【Web版再掲】 ニット・ファイル通信Vol11,2014 (初出)メリヤス業界展望 1960年版メリヤスの手帳 センイ・ジヤァナル発行.